仙台藩の十二夜
私たちの『十二夜』は、シェイクスピア世界と仙台藩の結合である。その発想の出発点は、この作品が書かれた年代もウィリアム・アダムスが九州の豊後に漂着したことにいよって日本とイギリスの交流が始まった時も共に一六〇〇年頃であり、まさにこの時わが仙台藩の黎明期にあったこの頃に生まれた二つの世界、一つは天才劇作家の想像上の『十二夜』、そして歴史の中の仙台藩である。
九州と仙台を結ぶ線がキリシタンと決まった時、劇を構成する細かな条件が明らかになった。イリリアは、仙台藩領内、時は、一六〇三(慶長八)年の一二月二六日から翌年の一月六日(ちなみに『十二夜』の原義は、キリスト誕生から一二日目、つまり一月六日のことで、顕現日のことを示す)となる。双子の兄妹の航海目的を奥州は大籠のキリシタン集落にセミナリオを建築するということで、難破の後漂着するのは亘理の荒浜湊である。折しも、仙台は築城で賑わっている。
そして、伊達家をめぐる六人の歴史的人物を、イリリアの世界のモデルに選んだ。
オリヴィア キリシタンであったと言う伝説もある政宗公の長女
五郎八(いろは)姫。
信州上田から白石の片倉重長に嫁いだ、真田幸村の娘
阿梅(おうめ)。
オーシーノー 伊達政宗の弟小次郎。
亘理の有徳の武将伊達成実(しげざね)。
船長 支倉常長。政宗から一度追放され、ついには遣欧使節団を
率いてローマに渡るまでに重要されるに至るまでの彼の歩
みは知られていない。
劇の冒頭で九州の民謡「刈り干し切り唄」を歌うのは、彼
の遍歴を示唆している。
神父 キリシタン迫害で殉教した政宗の通訳・後藤寿庵。
双子の兄妹を宗麟の甥と姪にしたのは、私の想像である。最後に阿国について触れておこう。『十二夜』には、阿国に相当する人物はいないが、道化のフェステの持つ歌の要素を、私たちの阿国は持っている。フェステの名が「笛捨」であるのは、必ずしも当て字の偶然ではなく、笛つまり歌を捨てた道化という意味を込めている。(実際、原作の歌は大きく減らした)
阿国を仙台藩の『十二夜』に加えたのは、ダテで新しいものにはめざとかったはずの政宗公が、当時京で評判の阿国を仙台に呼び寄せたとしても少しも不思議はないと思えたからである。阿国の踊りと京ことばは、京の文化に通じていた政宗の世界の優雅を伝える役どころである。
シェイクスピア・カンパニー主宰 下館和巳
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梅桜羅・紫坐里 |
山路けいと |
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麿坊呂 |
千坂 知晃 |
| 謳四之 | 菅ノ又 達 |
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藤弥 |
犾守 勇 |
| 笛捨 | 西間木 恵 |
| 織部耶 | 長保 めいみ |
| 阿国 | 石田 愛 |
| 六右衛門 | ラフランス皆川 |
| 瀬 蓮 | 里野 立 |
| 馬来亜 | 要 トマト |
| 笛鼻 | おさる |
| 按敦 | 岸 典之 |
| 馬練太右衛門 | さわら |
| 安弗 | 神蔵 康紀 |
| 栗桜之進 | 戸田 俊也 |
| 阿国シスターズ |
さわら あさり |
| 寿庵神父 | 迷亭沙翁道 |
| 翻訳・脚本・演出 | 下館 和巳 |
| ジェネラル・マネージャー | 伊東 正道 |
| ステージ・マネージャー | 坂本 公江 |
| 音 楽 | 高橋 明久 |
| 音 響・音楽補 | 橋元 成朋 |
| 照 明 | 志賀 眞 |
| 衣 装 |
山路 けいと 西間木 恵 石田 愛 |
| 舞台美術 | 長保 めいみ |
| 舞台技術 | 要 トマト |
| 舞台装置 |
梶原 茂弘 千葉 安男 |
| 日舞指導 | 藤間 夢寿 |
| ポスター用オブジェ | 庄子 陽 |
| ポスターデザイン |
中島 英行 佐藤 正幸 |
| フォトグラフ | 中村 ハルコ |
| 記録 | 阿部 文明 |
| 東京支部 | 磯干 健 |
| 鷲見 直香 | |
| 会場係 | 戸村 佳也子 |
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ペギー 森 平井 淳子 |
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| 楽屋係 | 千葉 なつ美 |
| エディター | 鹿又 正義 |
| アドバイザー |
藤原 陽子 星 真輝子 |
| スーパーバイザー | 大平 常元 |
| 大道具 | 菅ノ又 達 |
| 小道具 | 千坂 知晃 |
| メイク |
星 真輝子 おさる なおこ |
| 編集 | 犾守 勇 |
| 広報 |
長保 めいみ 礒干 健 |
| 受付 | 千葉 妙子 |
| シナリオ 記録 | おさる なおこ |
| トレーナー | 安藤 敏彦 |
| 制 作 | シェイクスピア・カンパニー |
