再びシェイクスピアの国で

~ 総本山へ乗り込む ~

 

(4) 2003年 1月28日掲載   

 素朴でやさしい家庭の宴

七面鳥を切るウォレス先生  撮影 中村ハルコ

劇場も店舗もお休み


 旅人にとってイギリスのクリスマスは淋しい。12月25日からの2日間は、離れ離れに暮らす家族が再会をしみじみと喜びあう時で、鉄道も劇場もお店もお休みとなって、街は静まり返るからだ。午後の3時過ぎには沈む太陽を補うかのように、家々の窓からクリスマスツリーの明かりが漏れてほんのりと美しい。
 そんなわけで、私が始めてイギリスに留学生としてやってきた20歳のクリスマスは、ノルウェーに脱出し、2度目の時はアフリカへと旅立った。そして去年、初めて家族連れでイギリスに上陸した私は、大脱出はあきらめてせめてクリスマス料理くらいは味わいたいと思っていた。
 ケンブリッジ大学の晩餐会のある日、妻と私は初対面の教授夫妻と同席した。妻が教授婦人におもむろに「クリスマスを味わえるお薦めのレストランはありませんか」とたずねた。すると、その夫人は唐突に、「私の家ね」と言う。私たちはその意味を測りかねて戸惑ったままだったが、夫人は妻に私たちの家族についてたずね始めると、ニコニコしている隣のご亭主と相談するでもなく「25日の朝は協会に行きますから、午後1時ごろではどうでしょう」とおっしゃる。こうして、私たちは夫人の言われるままに、そのウォレス先生のお宅のクリスマスディナーに招かれることになった。


女王のスピーチ拝聴

 ウォレス家の居間には赤々と燃える暖炉の火と、その下にたくさんのプレゼントが重ねられたクリスマスツリーがあって、壁には贈られたクリスマスカードが所狭しと貼られていた。私たちは、ワインをいただきながら、ご子息のリチャード君と90歳になるおばあちゃんを交えて談笑した後に、キャンドルの灯された別室の細長いテーブルに着いた。クラッカーをひっぱる独特な儀式を終えると、サンタクロースよろしく真っ赤なシャツに蝶ネクタイをした先生が分けてくれた、特注のでっかいロースト・ターキーをシャンパンでごちそうになった。
 午後3時直前、おばあちゃんの「そろそろ女王陛下のお祝いのスピーチが始まるわ」という言葉で、全員また居間に移って、テレビの前で10分間、静粛に女王のクィーンズ・イングリッシュを拝聴。先生の「これからが本番ですぞ」と言う言葉で、また別室に移動すると、歓声と拍手の中で、炎に包まれたプディングが運ばれる。おなかが満たされると、先生の頼りげない、しかしなんともユーモラスな指揮で全員が小笛の即興合奏だ。


真心のこもった贈り物

 クライマックスはプレゼントのご披露だ。夫人が一つ一つプレゼントを取り上げて、これはお父さんに、これはおばあちゃんにと手渡していく。恐縮したのは、私たち一家の一人ひとりに先生ご一家からプレゼントが準備されていたことである。決して高価なものではないけれど、真心がこもっている。夫人はご子息のリチャード君からラブラドール犬のカレンダーを贈られた。彼女は泣きまねをしながら「これ欲しかったの。ありがとう」。リチャード君は、亡くなった愛犬を忘れられないでいるお母さんのためにこの贈り物を選んだのだ。
 それから、延々とゲームが続いた。おばあちゃんも、5歳と2歳の私の小さな娘たちも夢中になるような素朴なやさしいゲームが。そして気がつけば、グランドファザーと呼ばれる柱時計の針が夜の八時を回っていた。
 帰り際に、夫人が妻に「わかった?イギリスのクリスマス料理は、家庭の味なのよ」といって、ウインクした。