下館和巳のイギリス日記




Vol.8      ―マンチェスターで思う―  シェイクスピアの誕生日を記念しての六部作 その2 

 先日、マンチェスター大学演劇学科で講演をした。演題は“Directing Shakespeare.”。ニコラス・ケイ教授は毎年非英語圏の 演出家を招いている。去年は、たまたま僕の10年来の友人でもあるインドのジャテインダ・バーマ。翻案された、日本の方言 によるシェイクスピアとロンドン・グローブ座での演出のことが話の中心だったが、テンションの高い聴衆からの矢継ぎ早の鋭 い質問に、しばし戸惑った。

 日本人が日本で日本語のシェイクスピアを演出することには、非常に大きな興味を示す彼らも、日本人がイギリスで英語のシェ イクスピアを演出することには、抵抗に近いものを示すのを感じながら、帰りの列車の中で、なぜか深く落ち込んでいく自分を 抑えられなかった。

 自分は一体何をしようとしているんだろうか? あたりまえのことのように思ってきたことが突然何もかも不自然で不確かなも のに感じられた。英語で生活していない私が、現代のイギリス人が話している言葉とはだいぶかけ離れているには違いないけれ ども、やはり同じ英語に他ならないシェイクスピアの言葉を媒体として、イギリス人を動かせるはずがないだろう、と。

 グローブ座での辛苦の夏をも思い出していた。

 もう二十年以上も前に、シェイクスピア・シアターの出口典雄が「もう私達にシェイクスピアの総本山はない」と日本のシェ イクスピアの独立宣言をし、福田恒存が「だらしないイギリスのシェイクスピア舞台」を批判し、蜷川幸雄が「イギリスの」と いうことを殆ど意識しないシェイクスピアを創りはじめた時に、英文学を学びながら演出家を志していた学生として、日本のシ ェイクスピアに強い疑問を抱いた自分がいた。そこから始まった私がいた。

 芝居は喜びである。私たちが喜び、観客が喜ぶ。そこにすべてがある。そして、そのことに対する疑問はない。

 しかし、創造するということは、生きている、存在している根ッこに関わることなのだ。シェイクスピアの言葉と衝突するこ とでしか見えないものもある。矛盾をかかえながら前に進むことができるか?

 いろいろな声が聞こえる。「僕の舞台が本当にわかったとしたら、400年前の僕の同時代の観客だけでね。後は、現代のフラン ス人も、ロシア人も、アメリカ人も、日本人も、イギリス人でさえ! 五十歩百歩さ」「英語という言葉が、僕のすべてさ。だか ら、君が英語のわからない国民で、それでも僕が必要だったら、僕に近づきなよ、できるだけ」「僕がどこにいるかって? 本さ、 言葉さ」「僕は物語を伝えたかっただけよ、言葉はそのためのものさ」「僕は生きていた。泣いて、笑って、苦しんで、喜んで、 いらいらして、怒って、嫉妬して、悶々として、あこがれて、恋して、愛して、食べて、飲んで、排泄して、病んで、馬鹿で、賢 くて、粗野で、繊細で、醜くて、だらしなくて、高慢で、素直で、やさしくて、淫乱で、弱くて、美しくて汚い人間だったわけで、 君がじゅうぶんに人間だったらそれでいいのさ、僕がわかるのさ」

 日本のクリスチャンは本当のクリスチャンになれないのか? イギリス人は本当の仏教徒になれないのか? 本当のモーツアルトは インド人にはわからないのか? フランス人にしか本当のフランス料理が作れないのか? ・・・本当ってなんだ?  宗教も音楽も料理も人をつなぐ。そして、演劇も。

 私は、曖昧な不安の中に、どれだけ身を置き続けられるだろうか。

 何か、とても大切なものが、見えそうで見えない。ボンヤリと見えかかってまた霧の中に消える。