下館和巳のイギリス日記




Vol.14   2003.6.26

    エジンバラ・フェスティバルに参加するということ

 僕の長女の宇未は幼稚園の年中組だったが、イギリスに来ると突然小学生になった。英語はまったく話せな いが、何とか登校拒否もせずに通い続けている。それは学校に通い始める数日前に、近所の公園で仲良くなった 中国人のサム君のお陰である。彼は、偶然にも、宇未と同じ学校に行くことになっていたからだ。サム君はきれ いなブリティシュを話す。そのサム君を通して宇未は、安心して遊びながら、驚くほど早く英語を身につけてい った。

 しかし、その大親友のサム君が3月に帰国してから、宇未はすっかり元気を失くして、朝になると泣き出す日々 を繰り返すようになった。そんな折に、韓国人のウィンディちゃんが登場した。また宇未に元気が戻って僕も妻 も喜んでいた。

 僕は毎朝、歩いて2分ほどの小さな英国国教会の学校まで、宇未を送っていくが、ある日の帰り際にウィンデ ィちゃんのパパのヒョンソウさんが僕に近づいてきた。ヒョンソウさんはソウルの弁護士で今はケンブリッジ大 学で研究をしている。その彼が、珍しく「お茶でも飲みませんか?」と言う。本当はビールがいいのだが、朝の 9時半で、さすがのパブもまだ眠っている。仕方なくラウンドチャーチという教会の前のティショップの二階に あがった。

 6畳ほどの小さな所で他に客はいない。ヒョンソウさんは、カフェオ―レをすすりながら、「実は急に帰国する ことになりました」という。どうやら、ウィンディちゃんのおばあちゃんの具合がよくないらしい。宇未がウィ ンディちゃんと仲良しなので、ヒョンソウさんは心配してくれているのだ。有難い。おばあちゃんの容態やヒョ ンソウさんの仕事の話をひとしきりした後に、「ところで、カズミはいつからシェィクスピアに興味を持ち始め たの?」と聞いてくる。

 彼は、さほど深い意図もなく言葉の弾みでちょっと聞いてみただけだったにちがいないが、暇な私は、ここぞと ばかりに長い話を始めた。気がつけばいつの間にか、僕達以外に一人、60前後の小柄なイギリス紳士が、ヒョン ソウさんのすぐ後ろの席にこちらを向いて座っている。そのイギリス人は、僕が「シェイクスピア」という言葉 を発する度に、目線を読みかけの新聞からこちらに向けるので、僕は気になっていた。その紳士が、映画『炎の ランナー』でユダヤ人陸上選手のコーチ役をした俳優によく似ていたからだったかもしれない。

 その彼が、新聞などもうどうでもよくなって、外野のお客さんよろしく、遠慮なく僕達の会話を聞いているな、 と感じたのは、僕がエジンバラ公演の話題に入った頃だが、そのうちどうやら外野席では気持ちが治まらなくな ったたように見えて、彼は「そちらに席を移してもよろしいですか?」と言い出した。僕は驚かなかったが、ヒ ョンソウさんはその紳士に背中を向けていたから、ちょっと飛び上がった。

 彼は、万を持していよいよヒョンソウさんの隣に座ると、開口一番に「シェイクスピア・カンパニー・ジャパン のマクベスのことは、新聞で読んで知っていました。いつか是非見たいと思っていたので、そこの演出家が目の前 にいると思ったら興奮してきましてね・・」と。僕は嬉しくなった。そして、エジンバラ・フェスティバルで公演 することの効果に驚いた。

 彼は、ケンブリッジ大学の出身であの名優イアン・マッケルンの一年後輩であること、北イングランドの訛で苦労 したこと、ビートルズが訛のコンプレックスを初めて打ち砕いてくれたこと、それでも訛のために役者を断念して 演出家になったこと、今は第一線から離れていることなどを、吐き出すように語ってくれた。それから、話はシェ イクスピア劇のオーソドクシイ、オーセンティシティあるいは純粋さという問題を巡って、それからまた一時間ほ ど続いた。

 その紳士ジャック・ブラックバーン氏と私は、共に偶然の出会いを喜んだ。別れ際に、彼は言った「そうだ、あな たは、是非、バリィ・ルッターに会うべきです。バリーはイギリスのあなたですよ」。 僕は、朝からアドレナリンが体中に満ちているのを感じながら、出会いの不思議を思っていた。