パンフレットより

私たちの『オセロ』を探して

シェイクスピア・カンパニー
主宰 下館和巳

 オセロのことでは一時思い屈した。去年の夏に丸山さんと構想を練ってから、脚本にとりかかり二幕冒頭の嵐の場面に差しかかった時、突然想像力が止まった。先が見えなくなったのだ。

  気がつけば一人北海道行きの寝台列車北斗星号に乗っていた。長女の宇未の所望で、落ちるかもしれない飛行機も沈没するかもしれない船も使わない、列車の 旅。函館、渡島半島、白老、札幌、石狩平野、知床半島、弟子屈、摩周湖、野付砂州、根室、根釧台地、帯広、日高山脈・・・。鞄の中にあったのはケンプリツ ジ版の『Othello』、木下順二訳『オセロー』、知里幸恵の『アイヌ神謡集』、イザベラ・バードの『日本奥地紀行』。

 目的のひとつ は仙台藩白老元陣屋資料館。そこは、宮城県図書館の郷土資料室で見つけた一枚の地図『一八六〇(万延元)年奥州諸藩蝦夷地警備地』が教えてくれた仙台藩士 北方警備の歴史を詳細に語っている場だからだ。1855(安政2)年から1868(慶應4)年までの間、仙台藩は幕府より自老から択捉までを領地として与 えられ北方警備の重責を担い、白老、十勝、厚岸、根室、.国後、択捉に陣屋を置いて管轄していた。

 なぜイザベラ・バードか?彼女は私た ちがオセロの舞台に選んだ時代の蝦夷地を旅しているからだ。1878年。イザベラ紀行を読みながら北海道を歩いていると、タイムマシンで一世紀前の蝦夷地 に来た感じがする。イザベラの蝦夷地を見る目は驚くほど澄んでいる。とりわけアイヌについて記した一節に目を奪われる。「アイヌの最低の生活でも、世界の 他の多くの原住民たちの生活よりは、相当に高度で、すぐれたものである。・・。彼らは純潔で、他人に対して親切であり、正直で崇敬の念がある」。実を言え ば、私はアイヌをオセロにすることに抵抗があった。だから、蝦夷地を舞台に選びながら、オセロは白人のアメリカ人でデズデモーナは黄色人であった。

  摩周湖の前に立って、その美しさに息をのんだ。イザベラの言葉が浮かぶ。「銀色に輝く湖は盲目の大自然の顔にぱっちり眼が開いたようである」。弟子屈のア イヌ部落を歩く。ふと入った茅葺の家に一人の老人がいて機を織っている。よく見ると彫り物や織物があるみやげもの屋だが、老人は商売っ気がなく私に目もく れず機を織り続けている。家の隅に立派な漆の桶が積み重ねられていた。その桶をじっと見ていると老人が「それなんだがわがるが?」と聞いてくる。「シャケ と交換してもらったんですね」と私。すると「首桶だ」と吐き捨てるように言う。それから私は時を忘れてその老人の物語を聞いた。一人旅のよさだ。老人は国 後島生まれのアイヌ。やわらかく、低い声がなにか不思議に懐かしかった。陽が暮れた。帰り際『コタンの口笛』という映画を見るようにすすめてくれた。その 夜、宿泊先のユースホステルで熱を出す。38度5分。ひたすら白湯を飲み汗を出し汗を拭い眠る。翌朝、嘘のように元気になる。知床半島と根室半島の間から 国後島が見たくなって、そこから仙台藩士が国後に渡ったはずの野付砂州の先端に行く。漁師に「ここら辺の海は荒れますか?」と聞いてみる。「静がなもん だ」と一言。鞄から『Othello』を取り出しオホーツク海に向かって三幕三場を音読する。どうか素晴らしいオセロが生まれますようにと祈りながら。

  私は二幕一場の嵐の場面でつまずいた。なぜか? トルコならぬロシアが、ヴェニス公国ならぬ仙台藩と津軽海峡ではぶつからないだろうと思われたからだ。歴 史的に見てもロシアが日本に接触するのは、根室、択捉、サハリンだ。ロシアの艦隊が襲来し勝手に沈没してしまうような海域はないだろうか? 根室の北方資 料館に行く。そこで出会った老人が「函館の高田屋嘉兵衛記念館さ行げばいいな」と言う。「どうして高田屋なんですか?」と聞き返すと、「国後と択捉の間は 船乗りの難所でな、オホーツク海と日本海と太平洋の潮があの海峡で三筋になって渦巻いてるのさ」。私はすぐ函館に戻る列車に乗った。そして北の大地を横切 りながら眠った。夢を見た、というよりはあのアイヌ老人の声が耳に響いた。「あんだ何しにここさ来たのや。アイヌはあんだの芝居の飾りが? アイヌを書い てくれや、どんな差別を受けてどんなに苦しんできたか書いてくれや」。目覚めると列車は白い十勝川を越えようとしていた。私は丸山さんにメールを打った。 「僕たちの構想は大きく変わります。オセロはアイヌでなければなりません」。そうすると即返事が来た。「下館さんが北海道にかなければならないと言った時 に、そうなるだろうと思っていました。勇気がいりますが、やりましょう」。

 仙台に戻った夜、留守を守っていてくれた母に「アイヌのオセ ロになるよ」と言うと、「お父さん北海道物産展あるたびにアイヌの人うちに泊めてね。お前なんか朝その人の膝の上にのせられてふくろうの彫り物なんか作っ てもらつて喜んでだよ」と言われた。愕然として、あのやわらかく低い声を思い出していた。

 私たちの『オセロ』が完成して三ヶ月ほどし て、私の勤務する東北学院大学の榎森進先生にめぐり合った。先生は、昨年『アイヌ民族の歴史』(草風館)という重厚なご本を出版されている日本でも屈指の アイヌ史研究家である。その榎森先生に「アイヌの、或いは近世史の視点から」私たちの『オセロ』を丁寧に監修していただいたことは、 一騎当千の味方をえ たような喜びである。先生の助言を得て、アイヌ語の海「アトゥイ」を付した、『アトゥイ オセロ』が誕生した。シェイクスピアが『オセロ』を通して語ろう とした、肌の色や国籍を超えた真実の愛というものを、私たちはアイヌの受けた差別を見据えながら誠実に描いていきたいと願っている。

 

キャスト

役名(ふりがな) ※役柄

原作名

役者名

旺征露(おせろ)

※仙台藩エトロフ脇陣屋筆頭御備頭・アイヌ

オセロ

犾守勇

草刈貞珠真(くさかりでずま)

※草刈番匠の娘

デズデモーナ

石田愛

氏家英之進(うじいえひでのしん)

※仙台藩ネモロ脇陣屋筆頭御備頭

ヴェニス公国大公

岩住浩一

草刈番匠(くさかりばんしょう)

※仙台藩ネモロ脇陣屋御備頭

ブラバンショー

ラ・フランス皆川

草刈蔵乃介(くさかりくらのすけ)

※仙台藩ネモロ脇陣屋付奉行、番匠の弟

グラシアーノ

清水寛

栗村尾江(くりむらびこう)

※仙台藩ネモロ脇陣屋付奉行

ロドヴィーコ

渡邉欣嗣

白河華士郎(しらかわかしろう)

※仙台藩エトロフ脇陣屋付奉行

キャシオ

ササキけんじ

井射矢吾(いいやご)

※仙台藩エトロフ脇陣屋付旗持

イアゴー

戸田俊也

驢駄狸吾(ろだりご)

※クシロの網元の子息

ローダリーゴ

藤野正義

門太納(もんたのう)

※前・仙台藩エトロフ脇陣屋前筆頭御備頭

モンターノ

渡邉欣嗣

門二郎(もんじろう)

※前・仙台藩エトロフ脇陣屋付奉行

モンターノ

藤野正義

空椿湖呂(くうちんころ)

※門太納の従者・アイヌ

紳士

ラ・フランス皆川

紳次郎(しんじろう)

※門太納の従者

紳士

青木依里

杜介(とすけ) 

※旺征露の従者・アイヌ    

阿呆

青木依里

井射恵美利亜(いいえみりあ)

※井射矢吾の妻

エミリア

小嶋祐美子

媚杏香(びあんか)

※白河華士郎の情婦・アイヌ

ビアンカ

山路けいと

笈房ノ介(おいふさのすけ)

※ネモロ脇陣屋一番隊勘定人

役人

小嶋祐美子

明宣次郎(めいせんじろう)

※ネモロ脇陣屋三番隊目付

伝令

青木依里

諸岩伝助(もろいわでんすけ)

※エトロフ脇陣屋一番隊勘定人

伝令

岩住浩一

従者/エトロフ島民

※仙台藩エトロフ脇陣屋の侍/アイヌ

 

従者/サイプラス島民

山路けいと

岩住浩一

渡邉欣嗣

清水寛

小嶋祐美子

青木依里

長保めいみ


スタッフ

脚本・演出   下館和巳
脚本構想

下館和巳

丸山修身

脚本アドバイザー

鹿又正義

菅原博英

監修

榎森進

(アイヌ民族史研究家)

制作

長保めいみ

なばためまさこ

阿部典子

戸田俊也

音楽・音響

橋元成朋

小笠原博正

照明

松崎太郎

映像

神棒さやか

舞台美術

ポスターデザイン

庄子陽
フォトグラフ・記録

須藤礼子

犾守勇

舞台装置

千葉安男

菅ノ又達

渡邉欣嗣

藤野正義

清水寛

小道具

加藤翼

藤野正義

渡邉欣嗣

長保めいみ

衣装

山路けいと

鹿戸千恵

菅原裕子

西間木恵

石田愛

小嶋祐美子

青木依里

アシスタント 高橋文
メイク

小嶋祐美子

青木依里

プログラム編集

笹氣健治

清水寛

広報 皆川洋一
会場

千葉妙子

梶原祥子

佐藤真輝子

菅原小夜子

星奈美

名畑目明

アドバイザー 松田公江
スーパーバイザー 大平常元