ろうそく焼き・カラス今昔

更新日:2013年7月25日

作家 丸山修身

 

    6月28日、NHKのラジオ深夜便を聞いていたら、童謡歌手・眞理ヨシコのインタビューが放送され、童謡『七つの子』が流れた。

    からす なぜ鳴くの
    からすは山に
    かわいい七つの子があるからよ
    かわいい、かわいい、とからすは鳴くの
    かわいい、かわいい、と鳴くんだよ

    更にこの後「山の古巣へ、行ってみてごらん。丸い目をした、いい子だよ」と続く。みなさんもよくお聞きの曲だろうが、野口雨情作詞、本居長世作曲である。
    この歌を聞いていて、僕は木下恵介監督の不朽の名作映画『二十四の瞳』のいくつかの場面を思い出した。この映画では、この歌が通奏底音のようになって流れるからである。それは高峰秀子演ずる大石先生と十二人の子供達の心が、哀しみを伴って深く通い合う重要な場面であった。
    僕は驚きとともに改めて思ったものだ。昔の日本人はなんとカラスを愛(いと)おしく思っていたことか。そして僕はもう一曲、海沼実作詞作曲『からすの赤ちゃん』という歌を思い出した。
    
    からすの赤ちゃん なぜ鳴くの
    コケコッコのおばさんに
    赤いお帽子欲しいよ
    赤いお靴も欲しいよ
    とカアカア鳴くのね
    
    カラスの幼な児が、ニワトリの赤いとさかをうらやんで、自分もほしいと鳴いているのである。この初々しさ! みずみずしい感性! まるで人間の赤児を慈(いつく)しんでいるようではないか。(二つの詩は一部表記を改めた)
    
    カラスは太古から不思議な霊力をもつ鳥と信じられてきた。信州北端の僕の田舎でも、「カラス鳴きが悪い」という言葉が生活の中に厳然と生きていた。カラスが異様に鳴き騒ぐと、死人が出るというのである。これは後で考えると、確かに思い当たるケースが多かった。そして死体を焼き場で焼いた後、近くの森の端っこに、必ずカラス団子を供えたものだ。
    また僕の田舎では、盆踊りは「からす踊り」という名前であった。いま思い出すと、手足の動かし方がひらひらして、どことなくカラスの羽ばたきに似ていた。この踊りは、戸隠神社の修験道の山伏が伝えたとも言われているが、正確なことは全く不明だ。僕の郷里だけでなく、北信濃一帯の盆踊りは、ほとんど「からす踊り」である。
    さらにカラスは、熊野神社の信仰では神聖な存在でさえある。熊野信仰のカラスは三本足で、神の使いとされる。いわゆる八咫(やた)のカラスである。
    三本足のカラスはもっと身近なところに存在する。日本サッカー協会の現在のシンボルマークは、三本足のカラスなのだ。これは驚くべきことではないだろうか。それだけ人間に身近な、大事な生きものだったといえるだろう。つまり長いこと人間と共存して、鳥を超える鳥だったのである。

    それが今ではどうだろう。生ゴミを食い散らし、真っ黒で獰猛(どうもう)そうな姿かたちと相まって、嫌われものの代表となった。僕の家の近くの都立野川公園には、石原慎太郎前都知事の威勢のいい掛け声で、カラス捕獲檻が設置され、入ったら最後、あの世いきである。なぜカラスを見る眼はこんなにも極端なのだろう。不思議な鳥ではないか。
    
    みなさんはカラスが好きか、嫌いか? 可愛いか、憎たらしいか? ここにある程度、その人間の感性や性格があらわれるかも知れない。
    僕の場合、どうもカラスが苦手である。その第一の理由が、どことなく怖いのだ。ハシブトガラスのあの頑丈そうで鋭く尖ったくちばしで突かれたら、頭に穴が開くのではないか、と思ってしまう。真っ黒な羽も凶悪そうで、いかにも強そうで不気味ではないか。
    僕は二十代の半ば頃、北海道を一人旅で回っていて、積丹(しゃこたん)半島の山中で、十羽ほどの集団に、頭上をかすめ襲われたことがあった。6月半ばのことだったが、北海道ではちょうど営巣期である。巣に「かわいい黒ちゃん」が何羽もいたその森に、僕がたまたま踏み込んだせいらしい。あの恐怖はいまもまざまざと刻まれて消えない。

 カラスを確実に減らす一番よい方法は何か。それは人間が食べてしまうことである。その方法をこれから紹介する。
    長野県の東部、名将真田幸村の城があった上田市近辺では、昭和三十年代初めまでカラスが食べられていたという。肉をミンチにして棒に張りつけ、味噌を塗って焼き、田楽にした。肉にオカラを混ぜることもあれば、味噌に山椒を加えることもあったそうだ。キリタンポやツクネに似た形状から「ろうそく焼き」と呼び、祭など縁日によく売られた。
 しかしカラスの捕獲が難題だった。何せ見張り番をおくとさえ言われる頭のいい鳥である。これにはフクロウを囮(おとり)として使ったという。
    カラスにとってフクロウは天敵みたいなものだから、フクロウを網や籠に入れて地上に置いておくと、追い払おうと次々と寄ってきて群となる。それに大きな網をかけて一挙に捕獲するのだが、その仕掛けが大変だったようだ。
    肝心の味はどうか。うまいという人もいればまずいという人もいて、僕は食べたことがないので全く分からない。しかしいつかは食べてみたい。ろうそく焼きでも、焼き鳥でも、から揚げでも、何でもかまわない。好奇心である。
    東北でもどこかの町だか村で、売り出そうと計画したという記事を何かで読んだ記憶があるが、カラスを食べるなんて人聞きが悪い、恥ずかしいからやめてくれ、と出身者に反対されてオジャンになったという。残念なことである。

    かわいい筈のカラスの話から、とんでもないところに脱線してしまった。カラスさん、ごめんなさい。