London Diary

Vol. 1

23 July 2023

Umi Shimodate


『人の記憶というものはあまりに儚いから』

 

人の記憶というものはあまりにも儚いから、言葉に残していかないといけないような気がする。

 

誰かが作るパスタの匂いが薄いドアの隙間からくぐり抜け、私の部屋まで入ってきた夕食の時間帯、そんなことをふと思った。

 

人間の「慣れる」能力というものは本当に凄まじい。母国から離れても、文化が違っても、言語が違っても、ある程度そこにいれば慣れてしまう。生きれてしまう。でも「慣れる」って時にはもったいない気もする、成長がそこで止まってしまってるんじゃないかという感覚も発生するから。

  
私はいま、英国に留学している。一年になる。いつからこんなに一年がはやく感じるようになったのだろうか。本来の計画では、大学卒業後にすぐ渡英する予定でいたが世界を180度変えたコロナウイルスによって2年間、留学に行く橋を壊されていた。

 

2020年は特に、誰もが不安の渦の中にいたのではないかと思う。私ももちろんその渦の中に巻き込まれていた一人であった。いつになったらコロナが終息するのだろうかと、答えのない毎日に自分のなかの時計の針が止まったような絶望感、焦燥感を抱える日々が続いた。しかし、ちょうど2年が経過しようとする頃に、もうこれ以上は待ってはいれらない、とコロナ禍の2022年の5月に日本から飛び出すことを決めた、というわけである。

 

今までのイギリスでの生活を少し簡単に振り返ると計6ヶ月間ケンブリッジとロンドンの語学学校でIELTSの試験のための勉強をし、現在はロンドンのCollegeで Management について学んでいる。

 

室内温度38度、当たり前のように教室のクーラーが壊れているイギリスという国、「大丈夫!すぐに直すよ〜」と言われてから既に1週間以上が経過しているイギリスという国、「大丈夫」という言葉に付属している安心感をこの国で感じられたことはない。幻覚が見えるのではないだろうかという暑さ、目の前にあるペットボトルの水がプツプツと音を立てながら沸騰し出すのではないかと思いながら講義を受けていると、額の汗をきらりと光らせた教授が窓の外を見ながらぼそっと「朝は冬のように寒くて、急に雨が降ったと思ったら、次は灼熱の太陽が顔出す。イギリスは一年分の気候を1日で体験できるね」と言った。本当にその通りである。

 
 晴れていたと思ったら黒い雲が、アスファルトの間から咲く花の色を変える、そして突然大雨が降り出す。天気予報が全く意味をなさない国かもしれない。日本にいた時のように天気予報をちまちまと見る習慣もいつのまにかなくなっていた。

 

英国人が雨が降っても傘をささずに、まるで雨が降ってないかのように抵抗することなくそのまま歩き続ける理由が分かる。そんなことを思いながらも私はカバンから折り畳み傘を出した。こちらの生活にいくら慣れても、濡れたくないものは濡れたくない。

 

英国の好きなところはたくさんあるが、そのなかのひとつにサマータイムの過ごし方がある。サマータイムの期間だけは、日本との時差は9時間から8時間に短縮。イギリスはもはや一年の半分が冬といっても過言ではないくらい、薄暗い、そしてみんなのイメージ通り霧が深い。
 
  
だからこそ、イギリスのサマータイムは最高なのである。朝3時くらいから微かに明るくなる、そして夜21時まで青空が見える、22時になってやっと夜の気配が近づいてくる。

 

一体どこにみんな住んでいたの?というくらい街が人で溢れる。

 

イギリスには広大な公園がたくさんある。芝生も綺麗に整備されている。夏の時期は、癒しと日光を求めてそれぞれお気に入りの公園に足を運ぶ人が多い。

 

私は、この国の人たちが気持ちよさそうに楽しんでいる風景を見るのが好きだ。

 

子供は芝生の上で転がり、犬は舌を出しながら開放的に芝生の上を駆け回っている。おばあちゃんやおじいちゃんはベンチに座りながら読書、下着になり背中を焼いている若者や半裸でサッカーをしている少年たち、パブで飲んでいるときと同じエネルギーでひたすらビールを飲みながら会話をしているおじさんたち。イギリスという感じがする。そしてとにかく家族連れが多い、家族旅行中なのか?と思うくらい。仕事と休日にメリハリをつけてプライベートを楽しんでいるなという印象は海外に来て強く感じることの一つだと思う。カルチャーショック。家族の時間を大切にする国。素敵だ。日本ももう少しこの考えに近づいてほしい、といつも思ってしまう。

 

お気に入りの公園が私にもある、ロンドンの中心地から少し離れた南東部にあるGreenwichParkGreenwichはユネスコの世界遺産にも登録されている由緒ある港町。この町にある旧王立天文台にはこんな歴史がある。1884年、ここを通る子午線が経度の本初子午線とされた。これにより、全世界がこの線にならって各国の時間を設定した。世界の時間の軸がここにあったというわけである。総面積は74ヘクタールあるらしい、とにかく歩くだけどヘトヘトになる。でも、開放的で大好きな公園。

 

見てほしい。

グリニッジパーク

小高い丘の上から見える景色は本当に最高だ。
何時間でもここにいたいと思う。私が小学生だったらまちがいなくこの丘の上から転がって遊んでいただろう。この果てしなく広がる光景が悩みなんてちっぽけだなと感じさせてくれる。

 

これから、第二の故郷のように思っているケンブリッジや、イギリスでの苦い思い出、ヨーロッパ旅行、観劇の話もしていきたい。

  
今日、寝ている間に瞼を蚊に刺されていたようで、右目を半分しか開けられない状態でここまで書いてきた。画面が暗くなるたびに自分のその目が暗い画面に映し出されて非常に情けない気持ちになる。が、そんなどうでもいいようなことも、あと二日経てば忘れてしまうような出来事も、イギリスでの生活のなかで起きていることだと思うと、不思議と一つの思い出にしたくなる。些細なこと全て、当たり前にしてはいけない気がしてくる。だから、言葉に残していきたい、あと残り1年間の英国生活と今までの英国生活の記憶と思い出を混ぜ合わせながら。